高知県の地鶏「土佐ジロー」専門店

はたやま夢楽物語

山々に囲まれた高知県安芸市畑山の風景
Our Story

畑山で、
生きていく。

土佐ジローと歩んだ、私たちの物語。

この山で、育て、いただき、暮らす。

千年の山里から

1958

畑山地区の氏神様・水口神社は、飛鳥時代に実在した蘇我赤兄を祀っています。樹齢数百年の木々に囲まれた、深く静かな森の中にあります。

千数百年もの間、この山で人が暮らし続けられたのは、田畑を造り、木材や木炭を供給してきたから。小松家も林業で生計を立て、畑で作物を育てながら暮らしていました。

1958年5月、のちにはたやま夢楽を立ち上げる小松靖一は、炭焼き小屋で産声をあげました。貧しくとも、子どもの歓声が山や川に響く、約800人の賑やかな集落でした。

畑山の森と暮らしの風景
011958 — 1987

人口が、
減り続ける中で。

分校を含めると3つも小学校がある賑やかな集落でした。でも、林業の衰退とともに、若い世帯は仕事を求めて畑山を離れていきました。「安芸の町へ出るぞ。土地も買うた」と靖一が20歳の時に、父が切り出しました。「畑山から出ん。死ぬほど惚れた相手が「畑山を嫌や」って言うなら出て行く。そうじゃなけりゃ、畑山を出ん」と、靖一はもがりました。

人が減っても、
畑山を離れたくなかった。

一日中、川で遊んだ子どもの頃。山でたつくり、サルのように木の枝をしならせて、山の上から降りてきたこともありました。自然の中に、楽しい日々が畑山にありました。生まれ育った故郷で暮らし続けたい、と想いました。

人口が減り続けた畑山の風景
021988 — 1998

仕事がなけりゃ、
つくったらいい。

シシトウ、銀杏、柚子。畑山で生きる道を探し続けていた30歳のとき、新聞で「土佐ジロー」を知りました。残っていたおんちゃんたちに声を掛け、5人で生産組合をつくりました。

畑山で暮らすための仕事を、
自分たちの手でつくる。

けれど、当時は無名だった土佐ジローの卵は売れません。採卵だけではなく、前例のない雄の肉用飼育へ。一緒に始めた仲間が一人、また一人と離れるなかでも、試行錯誤を重ねました。

畑山で仕事をつくる歩み
03ONE AND ONLY

土佐ジローに、
すべてをかける。

元大工の靖一は、納得できない鶏舎を壊しては建て替えました。弟の健二も名古屋から戻り、仕事を手伝うようになります。

1997年、シシトウ栽培から完全に撤退。土佐ジロー一本で生きていく覚悟を決めました。翌年には、美味しさと採算を両立できる飼育方法がようやく見え始めます。

育てる。さばく。料理する。
一羽のいのちを、余すことなくいただく。

その後、料理番組や漫画で紹介され、少しずつ名前を知っていただけるようになりました。2004年からは温泉宿を運営し、畑山産の備長炭で焼く炭火焼や、ガラのスープを割り下にしたお肉も卵も土佐ジローの親子丼を目当てに、山奥まで多くの方が訪れるようになりました。

自然の中で育つ土佐ジロー
042017 — 2022

田舎で暮らせる
未来を創る。

2010年、愛媛で新聞記者をしていた圭子が押しかけ女房になりました。「畑山で暮らし続けられる田舎の未来を創りたい」。夫婦は、土佐ジローを軸に、畑山で新しい田舎型産業を創り出そうともがきました。2017年、「ふるさとづくり大賞」で総務大臣賞を受賞。その直後、長年使った加工場の取り壊しが決まりました。畑山での挑戦は独りよがりなのか。廃業とのはざまで悩みました。

翌2018年、加工場の新設に向け、限界集落での大きな投資をすることを決めました。自己満足ではないかという迷いを持ちながら始めたクラウドファンディングでしたが、多くの方の応援に支えられました。半月で目標の500万円に到達、胸をなでおろした矢先に、西日本豪雨で集落が完全に孤立しました。4日後に自衛隊のヘリで救助され、畑山を離れることも覚悟しました。被害状況などをSNS等で発信すると、支援の輪が広がり、早期の復旧へと繋がりました。そして、2019年春、新しい加工場を稼働させることができました。

支えてくれる人たちが、
いてくれた。

加工場の立ち退き、西日本豪雨、コロナ禍、宿からの撤退。何度も立ちはだかる大きな壁に、畑山での灯は幾度も消えかけました。それでも、ファンの方たちが購入や宿泊、クラウドファンディング等で応援してくれました。「畑山で暮らし続けたい」という私たちの想いを理解し、支えてくれました。そして、私たちをもう一度歩かせてくれました。

押しかけ女房がやってきた
新設した加工場での仕事
ジローのおうちに集うお客さんたち
052022 — FUTURE

風景の味を、
未来へ。

2022年2月、2部屋だけの小さな宿「ジローのおうち」を開きました。ここでは、森に抱かれた畑山の風景を眺めながら、土佐ジローを心ゆくまで味わっていただけます。

澄んだ空気と水、健やかな大地。その中で育った土佐ジローは、私たちにとって「風景の味」そのものです。同じ水で育ったお米や柚子とともに、この土地に身を置いて食べていただくことは、生産者として何よりの喜びです。

この風景を、
次の世代へ。

土佐ジローを育て、いのちをいただき、お客さまを迎える。その営みを重ねながら、これからも畑山で暮らし続けていきます。

畑山に建つ宿 ジローのおうち
Our History

歩み

1958 小松靖一、畑山に生まれる
1988 土佐ジローの飼育を始める
1998 肉用飼育の形を築く
2004 農業法人化し、はたやま夢楽となる
2010 新聞記者だった圭子が嫁として押しかけて来る
2017 圭子が社長就任、総務大臣賞を受賞
2019 新加工場が稼働
2022 ジローのおうち開業
Books from Hatayama

この暮らしを、
言葉でも。

畑山に嫁ぎ、土佐ジローを育て、宿を営み、子育てをする。
この山里で暮らす日々と、生業をつくる歩みを、女将が二冊にまとめました。
私たちの物語を、もう少し深く知っていただけたらうれしいです。

山里の四季と、日々の暮らし

奥山に生きる

星空を眺め、季節の恵みをいただき、土佐ジローを育てる。女将の連載12回をまとめた、畑山の日々を感じる一冊です。

この冊子を購入する
高知新聞の連載を、一冊に

生きたい場所がある。
だから、生業を創る。

畑山で暮らし続けるために、仕事をつくり、宿を営む。女将が高知新聞に綴った12回の連載をまとめた一冊です。

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購入ボタンからWEBSHOPへ移動します。価格・送料などは、各商品ページをご確認ください。

Letters from Hatayama

畑山で、生きてきた。

限界集落になりゆく村で育った夫に、元新聞記者の妻が聴く。畑山での暮らしと仕事、その記憶をたどる16編です。

畑山の自然
STORY 01

時代の波に乗ることで、幸せになれるとは思えなかった

畑山での暮らし
STORY 02

自然をおう歌した子ども時代

畑山川の風景
STORY 07

ホタル舞う畑山川の変化

家族で田んぼの準備
STORY 14

地域を守るってなんだ?

全16編の目次を見る
畑山から言葉を届ける
Interview & Lecture

取材・講演について

畑山での暮らし、地域に仕事をつくること、農業経営、土佐ジローとの歩みについて、新聞連載や講演、視察の受け入れを通じてお伝えしています。

主な連載・講演・視察実績を見る
高知新聞「畑山じゃ!あれから10年 限界集落・女将のなりわい便り」 高知新聞「畑山じゃ!山奥じゃ 限界集落・若嫁・奮闘記」 農村プロデューサー養成講座 講師 早稲田大学 農村体験実習 全国過疎問題シンポジウム2019 in 青森 Yae×小松圭子トークショー メディア紹介一覧
ジローのおうち
Come to Hatayama

畑山で、お待ちしています。

きっと、また帰ってきたくなる。そんな場所でありたい。

ジローのおうちに泊まる 土佐ジローを取り寄せる
Questions & Contact

ご不明なことは、LINEへ。

養鶏や加工発送、接客をしているため、お問い合わせはLINEで承っています。
内容を確認のうえ、順次お返事いたします。 ※ランチ・宿泊のご予約は、各Web予約ページよりお願いいたします。

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