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反骨の公務員 町をみがく

先日、紹介した

 

反骨の公務員 町をみがく

~内子町・岡田文淑の町並み、村並み保存~

>>森まゆみ著、亜紀書房

 

の出版記念会が7月1日、内子町で開かれました

 

 

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臨月の私は参加かなわず、、、

残念でしたが、愛媛のまちづくり仲間たちから

ライブ中継ばりにメールや写真が送られてきて

楽しそうな雰囲気が伝わってきました(^^)

 

参加できなかった私のために

お歴々がサインを書いて本を届けてくれました!(^^)!

 

著者で、母として慕う作家の森まゆみさん

石見銀山で群言堂を経営されてる憧れの松場登美さん

湯布院の亀の井別荘の会長、中谷健太郎さん

大好きな日本酒(冷凍のお酒)「銀河鉄道」などを作ってる蔵元の亀岡徹さん

そして、内子町元役場職員・岡田文淑さん

 

出産前に、物凄いプレゼントをもらっちゃいました( *´艸`)

 

 

そう記念会には、

湯布院の記録文化映画祭に出席していた森まゆみさんが、

亀の井別荘の中谷健太郎さんを連れて来てくださって

石見銀山の松場登美さん、八女の北島力さんなどもご参加いただいたようです(^^)

 

一緒にいたかったなぁ…。

 

書籍の売れない時代…

書籍化は難しいだろうな、と思っていたところ

まゆみさんのご尽力で、夢叶いました。

たくさん売れますように…

 

公務員の方、

まちづくりに興味がある方、

村並み保存って何?って思った人etc.

 

亜紀書房さんのホームページから購入サイトに行けますので

どうぞ宜しくお願いします<m(__)m>

http://www.akishobo.com/book/detail.html?id=693

 

 

参加できなかった私は、

メッセージだけ送らせてもらいました。

 

**************

出版記念会の開催、おめでとうございます。

まゆみさん、最後まで、何もできずに、申し訳ありませんでした。何度も声をかけてもらったのに、結局、まゆみさんに本にしてもらって、恐縮です。

今から10年前の大学時代には完全なる力不足でした。あっという間に社会人になり、新聞記者にはなったものの、サラリーマンの身の上では、書籍化の夢は遠のきました。そして、結婚して、畑山という限界集落に飛び込み、人生のどん底を経験しつつ、会社の立て直しや、出産、子育てに忙殺される日々。本にまとめる時間はなくなってしまいました。「1本でも原稿を」と声をかけていただいたのに、それさえもできずに、申し訳ないです。

 

春、本が届きました。Facebook上でも、岡田さんを知る全国のまちづくり人たちが書籍化を喜んでくれていました。無名の私が本にするよりも、まゆみさんに本にしていただけたことが、本当に良かったと思いました。いろいろと忙しい中、長年の夢を実現していただいて、ありがとうございました。

 

さて。岡田さん、もとい、父さんと初めて出会ったのは、南予の公務員を中心としたまちづくり塾「岡田学校」に参加したときのことでした。普通の女子とは違い、変人だったのは自覚していますが、高校時代から、故郷・遊子の段々畑を遺していきたいと思い、畑に出たり、写真を撮ったり、ホームページを作ったりしていました。大学に進学後も、学業とは別に、段畑にのめりこんでいた私です。当時は、「貧乏の象徴」といわれ、遺すなんて、「小娘がほざいている」「あほじゃないの」と一蹴される始末。今のように宇和島市が観光の目玉に据えることも勿論ありませんでした。先はまったく見えていませんでした。知恵を借りたくて、力になってもらいたくて、とにかく我武者羅に人に会っていたのが、父さんに出会ったときでした。

公務員に抱いていたのは、定時で仕事を終えて帰る人。住民のために汗を流す公僕なんて言葉はあてはまらない。段畑のことで、門前払いのように対応されてきた私にとって、公務員ってそんなイメージでした。

そんなとき、ストイックに、住民が暮し続けられるまちづくりを掲げ、実践してきた人が目の前に現れました。“岡田イズム”に魅了されたのです。「公務員は、住民がいて初めてなりたつもの。過疎化でわしを養ってくれる住民がいなくなれば、わしの仕事ものうなる。町の人がどうやって幸せに、内子で暮らしていくか。目の前の流行に飛びつくんじゃなく、将来どうなっていくべきなのかをしっかりと見据えんといかん。多数決じゃなく、見極める目を持て」。そう語る父さんに、たくさん教えられました。理路整然と、小難しく語る父さんの言葉は誤解されることも多いけれど、した話の上手さや、住民との距離感の取り方、説明する言葉の種類、問題の展開方法など、段々畑の運動論とは別次元ではなく、解決策があるはずだと信じる根拠になっていきました。

足しげく父さんのもとへ通いました。お母さんにも、あきら兄ちゃんにも、ひろこ姉ちゃんにも温かく迎えてもらい、実家のように寛ぎながら、父さんと議論をし続けていました。段畑のことだけでなく、家のこと、仕事のことで、つまづいた時にも、岡田家全員に支えられました。本当に感謝しています。

そして、全国津々浦々、講演やアドバイザーとして出かけるときは、かばん持ちというのは名ばかりに連れて出かけてくれました。結婚直前の山形旅行まで、8年近くお世話になりました。

でも、父さんの教えと、これらの旅があったからこそ、私は畑山を選ぶことができたんだと思います。いろんな地域を見せてもらって、たくさんの人に出会わせてもらって、全国のまちづくりをけん引するような地域や人の取り組みを学ぶ機会を得ました。群言堂で働きたい、と思ったこともありました。でも、私は、畑山を、小松靖一を選びました。一時的な気の迷いではなく、そうした積み重ねの上での確信です。

畑山に来たことで、自分の道を切り開く機会を得ました。

学生時代には、「ばかだなぁ」と教え、諭してくれていた父さんが、最近は人前にも関わらず、褒めてきます。年を取ったせいなのか…。娘としては、もう少し元気に叱り飛ばしているくらいの父さんでいて欲しいものです。

 

本来なら、そちらで会を運営するスタッフになるべき私ですが、今月末に第二子の出産を控えており、内子へ駆けつけることができません。「まゆみさんとお前とで、『岡田をこき下ろす会』に」というのが、父さんの希望ではありましたが、私の代わりに皆さんで、岡田の軌跡と今を語り合っていただければと思います。そして、今日の会が、明日の愛媛のまちづくりにとって実りあるものになりますよう祈念しています。

 

2014.7.1

はたやまより

小松圭子

 

**************

 

 

参加できなかった私も加えて

第二回目の出版記念会を

2月に愛媛でやることになったようです(^^♪

今度は参加します!(^^)!

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