高知県の地鶏「土佐ジロー」専門店

はたやま夢楽
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小松家のルーツ、椎山へ。

今日は旧暦の11月14日。

小松家のルーツである椎山の神事、
ということで先の日曜日には健ちゃんが
今日は、靖一さんと尚太郎、茂さんと4人で
椎山へ行ってきました

ことしの目標叶わず…とつい先日書いた
あの椎山です。

靖一さんたちのひぃおばあちゃんたちまで暮らしていた場所で
ドウダイラから椎山へ移り住んで来たのが
いつのころだったのか・・・
それから何代にも渡り暮らしていた椎山ですが
ひぃおばあちゃんたちを最後に40年ほど前に
消滅してしまいました。

寺内で暮らす今も
祖先を祀る神事にあわせ
年に一度は、祀りごとに出かけています。

昔は人が暮らしていたとはいえ、
県道も市道もありません。

左は崖です。

そして、鶏舎がこんな感じで見えます。

こんな道を40分ほど歩いて行く…
というので、私も未だかつて行ったことがありませんでした。

記者時代に雪山の取材に合わせて買った登山靴を履き
上下ともにヤッケを着込んでイザ☆

茂さんいわく、「昔は平らで広かった」
という道も、たくさんの人が通らなくなって久しく
上から落ちてきた土砂で埋もって
足の踏み場がアップダウンのとっても激しい獣道になっています。

ところどころに渡された丸太も
腐敗して要注意…。

靖一さんと茂さんは
この辺で何を食べた、とか
何をして遊んだ、とか
昔話に花が咲く、咲く。

畑山~栃の木の往還道も途中にあったりして
「おじいが馬の背に炭を載せて行っていたのは、この道だ」とか。

今は道であったことも分かりづらくなっているけれど
山の暮らしを支えた道の痕跡を見るのは感慨深いものがありました。

で、30分も歩けば突然現れた、コレ。

右上にある石積みわかりますか?
田んぼの跡なんだそうです。
椎山の集落跡にたどり着きました。

少し登ると、南向きの斜面は
日当たりも抜群で、柚子畑が広がっていました。

そして、家の跡がありました。
寺内の川向うのおんちゃんの先代が暮らしていたという家。
道がないこの地に、これだけの家が建ってることに驚き。。。

そして、一段登って、
小松家の跡へ。

茂さんの左下に見えるのは
田んぼ用の道具・・・

奥には家の跡も少し残ってます。

椎山にまつわる話は結構聴いていて
ひぃおばぁが「寂しいけん、茂泊まって」
と言って茂さんが泊まることになったけれど
寿恵子母が見えなくなったころに鳴き始めた、とか、
椎山は日当たりが良いので、
遅くまで仕事をしていて帰る段になると
すでに途中の谷間は暗がり…
寿恵子母を迎えに、
靖一少年が懐中電灯を照らしながら来た、とか…。

そう50年ほど前のこと。
日本の変化って凄いなぁ…
畑山に来て特に強く思うようになりました。

畑山では、50年祀るまでは仏さまで
50年から先は神様になる、
ということで椎山の家の奥に小松家のお宮があります。

今日は、その神事ということでした。
ドウダイラから椎山へ移り住んだのは
小松シイエモンという人だそうで
その人を始め、小松家の先祖を祀っているそうです。

真ん中の石は欠けてしまっているけれお
何やら彫り物がしてあります。
奥の祠の中の石にも同じようにあります。

寿恵子母が作ってくれたお寿司や
芋餅(田芋の餅)や、ウルメを祀ります。

祀った後は4人で、おきゃくです。
ワリバシを忘れたので、周りの枝を茂さんが削いで箸にし
ウルメを焼くのに、火を熾します。

健ちゃんが「友だちにキャンプに誘われても行く気がしないのは
畑山の暮らしが日ごろからサバイバルだからだ」
と言ってるのが妙に納得できるおきゃくです(笑)

お宮の上の木々を見上げて靖一さんが、
「あの木から、こっちの木に向けて
モモンガが飛んだのを見た」とか…

1歳でこんな体験する現代っ子は
尚太郎ぐらいだよなぁ、と思いました(笑)

で、せっかくなので、近くを探検。


おじぃが作ったという炭窯の跡。
家の周りには炭窯もあれば竹やぶもあり、
柚子もあり、茶もあり…。

家よりまだ上に田んぼ跡があったというの

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