境界に生きる

奥山に暮らしていると、自然との境界に立っていることを痛感する。
都会の人が思うよりもずっと速く、
雑草は生い茂り、人の領域だった場所を侵食してくる。
たとえば庭の草木。
手を入れなければ、あっという間に草むらになる。
そこはケモノたちが身を隠す場所となり、
人が足を踏み入れにくい場所へと変わってしまう。
夏の草木の繁殖力は凄まじい。
雨を得て、見る間に広がっていく。
「ジローのおうち」は開業4年目。
目の前の柚子畑は、セイイチさんの従兄が管理してきたが、
今年から我が家の管理になった。
丘の上にあるここは、1km先の県道まで見渡せて、
お客さんの車が見えたものだった。
それが近ごろ、視界が悪い。
柚子畑の垣根にしている杉が伸びたせいだ。
竹もまた、あっという間に背丈を伸ばしている。
草刈りは、やると楽しい。
自分の働きが目に見えて分かるから。
けれど、仕事に追われてなかなか手が出せずにいた。
草刈りは「束の間に」というわけにはいかない。
草を刈り、竹や杉を切れば、思う以上にホコリをかぶる。
食事を提供する仕事をしている以上、
お客さんが来たからといって、すぐに切り上げられるものでもないのだ。
10月、ようやく半日の隙間時間ができた。
セイイチさんは留守。
いると口出しされて、なかなか前に進まなくなる。
素人仕事だもの、セイイチさんのようにはいかないのだ。
鬼のいぬ間に、セイイチさんの車を物色する。
セイイチさんの車は、道具箱そのもの。
ナタとノコをぶら下げるベルトと
ヘルメットを拝借して、準備を整えた。
まずは縦横無尽に伸びた竹から手をつける。
ノコを入れると、まだ細い竹はサクッと切れる。
ナタを振り下ろすとスパッと切れる。
爽快だ。
でも、と思いとどまる。
この鋭利な切り口は危険だ。
スパッとナタを入れた後で、ノコで切り口が横になるように整える。
伸びた枝葉が別の竹や杉にからまって、なかなか回収できないこともある。
どの高さで伐れば良いか、いろいろと考えながら、
自分が崖下に落ちない算段もしなければならない。
無闇に伐っているようで、そうでもないのだ。
昔は海のキワを歩くのが好きだった私も、
そんなことをしなくなって久しい。
崖の上で足場を探しながら、ふと気づく。
運動不足のせいか、それとも怖さを知ったからか、
足がすくむようになった。
岩をつかみながら、恐る恐る慎重に行動するようになった。
退化したのか、成長したのか。
後者だと思い込みたい。
1回目は3時間ほど頑張って、軽トラ1台分。
それでも、見た目はほとんど変わらなかった。
2回目は2時間ほど。
今度は背の高いものを狙って伐れたので、ずいぶんとすっきりした。
伐った竹と杉は、木工細工用に切り分けて子どもたちの材料に。
竹箸でも作ろうかな。
シャワーを浴びてさっぱりし、宿から眺めてみる。
鬱蒼とした部分は、まだまだ広がっている。
さて、今度はあの杉たちをどうやっつけようか。
セイイチさんに声をかけると、「どこまで伐りたいのか」と狙いを聞かれた。
「視界良好にしたい」
ちょっと不服そうなセイイチさん。
さて、どこまでやらせてくれるかな。
数mだけ見晴らしのよくなった端っこと、
いまだ鬱蒼とした数十mの藪。
二つを見比べながら、私は伐採の妄想をふくらませ、
お客さんの車がやって来るのを
宿から再び眺められる絵を思い描いている。