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畑山だからの生き方。

*2018年6月23日*

靖一さんと出会って15年が経ちます。

 

私が大学3年の時、畑山を訪ねたのが、

初めての出会いでした。

 

嫁に来ようと思ったのは2010年の6月でした。

 

新聞記者になって5年目のことでした。

 

付き合ってもいなかったけれど

靖一さんと、畑山で生きたい、と思って

押し掛けて来ました(笑)

 

土佐ジローの味に魅せられたのはもちろんですが

土佐ジローをこの味にまで引き上げた研究心と実行力に脱帽でした。

 

でも、【職人】の靖一さんには

パートナーが必要だと思ったんです。

 

私は靖一さんのように、こだわりをもって

生産をすることはできないかも知れないけれど

美味しいジローを美味しいと表現はできる、と思ったのでした。

 

 

それは、宿に置いていあるノートに

お客さんが書いてくれるメッセージからも

確信をしていました。

 

 

 

はたやま憩の家を靖一さんが引きうけたのは

15年前のことでした。

 

赤字経営が続き、閉鎖が検討されていた施設です。

限界集落での集客は、限りなく不可能だと

周りの誰もが考えたことでした。

 

でも、靖一さんの頭の中ではこんな想いがありました。

「畑山の唯一の交流拠点施設がなくなれば

 土佐ジローを幾ら頑張っても、集落への県道は維持されないかも知れない。

 他のライフラインも同じ。

 人を呼び込む施設をなんとか維持しなければ」

 

 

土佐ジローの味は

多くの人を魅了し

リピーターを含め、たくさんの方に

畑山に来てもらう契機をつくってくれました。

 

 

人口は減少し続け、今は40人を割り込みました。

でも、宿には年間3千人ほどが訪ねて来てくれています。

県道も維持拡幅してもらい、

土砂崩れがあっても

すぐに対応してもらえています。

 

 

学生時代、町おこし・まちづくりに夢中だった私は

いろいろとお世話になった地域や人がいます。

 

新聞記者を経て、畑山へ飛び込んで来たことで

再び縁強くなった人もたくさんいます。

そして、畑山を訪ねてくれたりしています。

 

 

 

 

畑山で生きること、事業をすることは

決して、平易な道ではないです。

 

確実な未来を描けているわけでもないです。

 

でも、私は、畑山を選んだことを、後悔はしていません。

 

サラリーマン時代には得られなかった

好奇心や探求心の強まりを感じています。

 

 

畑山で生きるからこそ

私らしく生きられるていると思っています。

 

 

そんな畑山で、これからも頑張っていきたいと思うのです。

 

 


畑山での未来に向け

クラウドファンディングを実施しています。

詳しくは、こちらをご覧ください。

限界集落の幻の地鶏・土佐ジローを救え!加工場建設プロジェクト

 

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