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山のアルバイト。子どものころから親しむ仕事って。―限界集落に嫁いだ元新聞記者が、限界集落になりゆくむらで育った夫に聴く⑩―

*2016年5月23日*

圭子:

山でアルバイトしたって言いよったよね。

海でバイトって言うたら

私は、イメージがわくけど

山のバイトってどういうこと?

 

靖一:

山の下草刈のバイトをしたね。

造林の手伝いもしたことあるけんど。

1m60cmくらいある

刈り込み釜って手鎌で

下草を刈るが。

弟の健二と、

大人と一緒にやったね。

お母ぁの手伝いで

行ったパターンがほとんどで、

子どもだけで行ったのは中3になってからかな。

 

圭子:

それってアルバイト代が出るが?

 

靖一:

バイト代くれるで。

初めてもろうたバイト代で、

ジーンズと呼ばれる履物と

ギターを買うたわ。

なんぼもろうたろうなぁ。

1か月働いて1万円とか、

2万円とかやなかったかなぁ。

まぁ丸々1ヶ月いうことではないけんど、

2週間は働いたと思う。

朝から晩まで。

体力的には

しんどい部分はあったかもしれんけど、

メンタル的には

「大人の仲間入り」

という感じで楽しかった。

行けと言われたわけでなし。

「あんたすごいね」

とか

「やったもんじゃねや」

と言われるとね。

 

圭子:

そうやね。

子どもの時って

褒められると

照れくさいやけど

やる気になるよね。

 

靖一:

でも、田んぼの手伝いをしゆうのは

嫌やったなぁ。

中学校の頃は、

椎山の田んぼやのうて、

学校近くの田んぼやってね。

友だちらが

自転車で遊びに行きゆうのを見て、

「俺ばっかり」

と思うたことはあったね。

それでも、

何がなんでも遊びに行くとか、

親に「なんでやねん」とか言うた覚えもないし。

 

圭子:

田んぼも小さい頃からしよったら

覚えるがやろうね。

私はサッパリわからん…

 

靖一:

田んぼ耕すがも大変やったで。

耕運機は小学校6年の頃から

親父に

「靖一、今日ここ耕しとけ」

って言われるきよね。

当時は灯油エンジンでね。

かかりにくいがよ。

必死にやってかからんで、

親父を呼んだら、

親父は

「ぱっ」

とかけられるが。

悔しぃて、手ぇマメができるまでやったき。

痛うて、悔しいて、泣いたね。

 

圭子:

尚太郎もそうなってほしいけど

どうなるろうかなぁ。

お母ぁが、牛を飼いよった話もするよね。

耕作用やったが?

 

靖一: 

いや。

俺らが子どもの頃におった家の牛は、

肉用やったね。

赤牛というやつ。

ホルスタイン、乳牛を

飼いよった人もおったけどね。

自分らで餌、カヤを

刈ってきて飼うがやき。

えらい人らは

2頭飼うた人もおったね。

だいたいは1頭ずつ飼って、

大きくなった頃に

馬喰(ばくろう)と呼ばれる人らが

買いにきたと思う。

 

圭子:

本で見たころがある!

「馬喰」って。

 

靖一:

うちの牛らも、

中学校の頃には

おらんなっとったきね。

牛も1頭ずつ飼いよったのが、

どんどん専業化していったがやろうね。

 

圭子:

うちらは豚と蚕を飼いよったのは

聴いたことがあるよ。

 

靖一:

中学校ばぁになったら、

畑山に住みよった伯母らが街へ出たき、

その空き家で蚕を20歳ころまでは飼いよったね。

 

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